ENEOSの5,371億円は実力だったのか — 石油元売と「在庫評価損益」
原油が上がると、売る前の在庫が『含み益』になる。元売の決算を読み違えないための一語
石油元売大手の純利益を並べます。妙なことに気づくはずです。
| 純利益(億円) | 22/3期 | 23/3期 | 24/3期 | 25/3期 | 26/3期 |
|---|---|---|---|---|---|
| ENEOS HD | 5,371 | 1,438 | 2,881 | 2,261 | 2,587 |
| 出光興産 | 2,795 | 2,536 | 2,285 | 1,041 | 1,719 |
| INPEX※12月期 | — | 4,985 | 3,217 | 4,273 | 3,938 |
出典:各社有価証券報告書「主要な経営指標等の推移」(EDINET、当サイト各企業ページの業績ハイライトと同一データ)
原油価格が歴史的な高値をつけたのは2022年度(23/3期)です。ところがENEOSの利益のピークはその前の期、22/3期の5,371億円(ROE 20.7%)で、肝心の資源高の年には1,438億円へ急減しています。原油が上がったのに減益——この直感に反する動きを説明するのが「在庫評価損益」です。
1. 仕組み — 売る前の在庫が損益になる
石油元売は、原油を仕入れてから精製・販売するまで、常に巨大な在庫を抱えています。会計上、売上原価は在庫の平均的な取得価格をもとに計算されるため、原油価格が上昇する局面では「安く仕入れた在庫を高い市況で売る」形になり、利益がかさ上げされます。下落局面では逆に、高く仕入れた在庫が重荷になって利益を押し下げます。
これが在庫評価損益です。重要なのは、これは価格が動いている間だけ発生する一過性の損益だということ。原油が上がりきって高止まりすれば消え、下がり始めれば逆回転します。22/3期のENEOSの5,371億円は原油が急角度で上がっている最中の数字、23/3期の1,438億円は上昇が止まり評価益が剥落した後の数字——つまりピークの相当部分は、事業の実力ではなく在庫の含み益だったと読めます。
2. 実データで答え合わせ — 川上と川下で逆向きに効く
もうひとつ、表のINPEXと元売2社を見比べてください。INPEXの利益のピークは資源高の真っ最中である22/12期の4,985億円です。元売とは山の位置がずれています。
これは事業の立ち位置の違いです。INPEXは油田・ガス田を保有する川上(開発)の会社で、資源価格の上昇はそのまま販売価格の上昇として効きます。一方、ENEOSや出光は川下(精製・販売)が主戦場で、原油はコストであり、収益の本体は精製マージン(原油と製品の価格差)と販売量。資源価格そのものより「価格が動く速さ」に敏感で、その揺れが在庫評価として表に出ます。同じ「石油関連株」でも、油価に対する感応度の向きと形がまったく違うわけです。
出光の25/3期の1,041億円→26/3期1,719億円という動きも、原油市況の軟化局面で在庫評価がマイナスに効いた後、落ち着きを取り戻した形と整合的です。ROEで見ると出光は21.8%(22/3期)から5.9%(25/3期)まで低下しており、資源サイクルの下り坂がどれほど利益指標を圧縮するかが分かります。
3. 読みの作法 —「在庫影響を除いた利益」を探す
元売各社はこの構造を自覚しているので、決算資料で「在庫評価影響を除いた営業利益」を別掲するのが通例です。決算のニュースで「大幅増益」「大幅減益」の見出しを見たら、まずこの調整後の数字を探す——これが元売決算のいちばん実務的な読み方です。
出典:各社決算短信・決算説明資料の在庫影響開示(TDnet 適時開示情報閲覧サービス)
そのうえで業界研究の視点を足すなら、見るべきは在庫の外側です。国内のガソリン・灯油需要は構造的に縮小しており、元売各社の本当の勝負は製油所の統廃合のスピードと、余った資本をどこに振り向けるか(ENEOSなら金属・再エネ、出光なら資源・素材)にあります。在庫評価の霧を取り払った後に残る「実力の利益水準」が縮小市場の中でどう推移しているか——5期分の業績ハイライトを各企業ページで眺めながら確認してみてください。
同じ「一過性要因の見分け方」というテーマは、都市ガスの原料費調整・電力の燃料費調整とも通底しています。エネルギー業界の決算読解は、この「実力と市況を分ける」作法に習熟することがすべての出発点です。
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