都市ガスの利益はなぜジェットコースターなのか — 原料費調整制度の読み方
東京ガスの純利益は5年で957→2,809→1,655→742→2,269億円。この乱高下のほとんどは、需要でも経営の巧拙でもなく制度で説明できる
まず実際の数字を見てください。東京ガスの親会社株主に帰属する当期純利益の5年間です。
| 期 | 22/3期 | 23/3期 | 24/3期 | 25/3期 | 26/3期 |
|---|---|---|---|---|---|
| 純利益 | 957億円 | 2,809億円 | 1,655億円 | 742億円 | 2,269億円 |
| ROE | 7.9% | 20.0% | 10.2% | 4.3% | 13.2% |
出典:東京ガス有価証券報告書「主要な経営指標等の推移」(EDINET、当サイト東京ガスページの業績ハイライトと同一データ)
最高益の翌々期に4分の1近くまで落ち、その翌期にまた3倍になる。ガスの販売量がこんなに動いたわけではありません。都市ガスという成熟した規制産業で、なぜ利益だけがジェットコースターになるのか。答えのほとんどは「原料費調整制度」という料金の仕組みにあります。
1. 制度の仕組み — 利益の振れは設計に組み込まれている
都市ガス料金には、LNGなど原料の輸入価格の変動を自動的に料金へ転嫁する原料費調整制度があります。直近3か月間の平均原料価格をもとに、その2か月後の料金に反映する——つまり原料価格の変動は、およそ半年遅れで料金に届きます。
出典:ガスの原料費調整制度について 資源エネルギー庁
この「遅れ」が利益の振れの正体です。原料価格が急騰する局面では、仕入は高いのに料金はまだ安い値段のままなので、逆ざやで利益が圧迫されます。逆に原料価格が下がり始めると、仕入は安くなったのに料金はまだ高い水準を引きずっているため、利益が膨らみます。教科書的には「期ずれ」と呼ばれる現象で、会社が何かをしたから儲かった/損したのではなく、価格が動くたびに利益が前後の期へ移動しているのです。
2. 実データで答え合わせ
この見方で冒頭の5年間を読み直すと、景色が変わります。
23/3期の最高益2,809億円(ROE 20%)は、資源価格の歴史的な高騰局面の翌側です。売上高も2.15兆円から3.29兆円へ1兆円以上膨らみました。原料高はいずれ料金に転嫁される一方、高値で仕入れた在庫と料金反映のタイミング差が利益側に振れた年です。ROE 20%という数字だけ見ると超優良企業ですが、これを実力と読むと翌期以降を見誤ります。
25/3期の742億円(ROE 4.3%)はその反動側です。原料価格が落ち着く過程では調整が逆向きに働きます。そして26/3期には2,269億円へ回復——販売量が3倍になったわけではなく、振り子が戻っただけです。
同じ関西の大阪ガスを並べると、もうひとつ面白いことが分かります。
| 純利益(億円) | 22/3期 | 23/3期 | 24/3期 | 25/3期 | 26/3期 |
|---|---|---|---|---|---|
| 東京ガス | 957 | 2,809 | 1,655 | 742 | 2,269 |
| 大阪ガス | 1,304 | 571 | 1,327 | 1,344 | 1,528 |
| 東邦ガス | 155 | 337 | 273 | 255 | 314 |
東京ガスが最高益を出した23/3期に、大阪ガスは逆に571億円へ急減しています。同じ制度の下にいても、原料の調達契約の構成や海外事業(大阪ガスは米国フリーポートLNG基地の稼働停止の影響などを受けた時期です)によって、同じ資源高が正反対の方向に効く。「都市ガス3社」とひと括りにした瞬間に見えなくなる差が、ここにあります。
3. 読みの作法 — 決算短信の「増減要因」から始める
では、期ずれと実力をどう見分けるか。実務的な答えは単純で、決算短信の「増減要因」の説明を最初に読むことです。都市ガス各社は原料費調整の影響額(スライドタイミング差)を明示することが多く、そこを差し引いた姿が実力に近い利益です。
出典:各社決算短信の増減要因欄(TDnet 適時開示情報閲覧サービス)
もうひとつの作法は、単年ではなく5年で見ることです。期ずれは数年単位では行って戻ってくるので、5期並べたときの「真ん中の水準」がその会社の巡航速度です。東京ガスなら1,500〜1,700億円前後、大阪ガスなら1,300億円台——単年のROE 20%でも4.3%でもなく、この巡航水準を基準に、中期経営計画の目標(東京ガスは2028年度ROE 9%)がどれくらい野心的かを測るのが、業界文脈での読み方です。
就活・業界研究の視点では、この制度はもう一つの顔を持ちます。制度が利益変動を「吸収してくれる」構造ゆえに、都市ガス会社の実力差は本業のガスではなく、制度の外側——電力・海外・不動産・新規サービス——で出やすい。各社が本業の外へ投資を振り向ける理由も、ここから理解できます。
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